『欧文活字』その2 内容について

 『欧文活字』その1では印刷について書いたので、今回は本の内容について書きます。

 まず巻頭付録では、著者である高岡重蔵さんのご子息、『欧文組版 組版の基礎とマナー』(美術出版社)でもお馴染みの高岡昌生さんの活版原版刷作品4点を収録しました。
 S. H. Steinberg『Five Hundred Years of Printing』Penguin Books 1977のイントロダクションにある、イギリスの詩人ワーズワースの詩を、四つの書体、Rivoli Italic、Mistral、Post Antiqua、Legendで活版印刷したものです。

巻頭付録

(写真は「デザインの現場」ブログから)

 冒頭を飾る詩の内容は、

話すことは人間に備わった最も尊いもの,
書かれた言葉は人間の手のなせる栄光の印
そして,印刷術は思想――広く絶対的な領域――に影響を与え,
真実を広め,愛を育む大きな力
 (S. H. スタインバーグ著、高野彰訳『西洋印刷文化史』日本図書館協会、より)

 昌生さんによれば、

印刷に携わるものの励みとして,心のノートに書き留めるつもりで手書き風活字書体を選びました。

とのことです(本書「付録作品解説」より)。
 一口に手書き風書体といっても、書体が変ればガラリと全体の印象が変わることがよくわかります。まずは巻頭付録で、細部まで気遣いが行き届いた組版と、原版刷の文字の美しさをご堪能いただければと思います。


 続いて本文。
 これは、過去の原本や復刻版(印刷学会出版部発行)で既にお読みになった方も多いと思います。

本文

(写真は「デザインの現場」ブログから)

 欧文活字の各部の名称、書体の分類、異書体混用の法則など、欧文組版時に知っておきたい基本知識がコンパクトにまとめられています。現在においても、これらを知らなければ一歩も前に進めない、といってもいいくらい、欧文書体の基本中の基本が書かれています。(なお、現在のデジタルフォントも含めた欧文書体については、小林章さんの『欧文書体』(美術出版社)、欧文組版の詳細については『欧文組版 組版の基礎とマナー』の併読をお薦めします。組版時の約束事、知っておきたいマナーが詳しく紹介されています。)
 新装版では、本文を新組にするにあたり、漢字を新字体に、書体名などの用語を現在一般に通用しているものに変更するとともに、若干の加筆訂正を行いました。また、収録した図版は、原本で不鮮明なものは修正または新たに描き直し、第7図,第12〜19図は『The Encyclopaedia of Type Faces』(Fourth Edition, London: Blandford Press, 1970)収録のものに、第8図と第19図の一部(Mistral)は嘉瑞工房の印刷物に差し替えました。


 巻末付録では、高岡重蔵さんの習作時代と円熟期の作品集を収録しました。
 タイポグラフィ習作「Light up won’t you?」は、1942年、重蔵さんが21歳のときの作品です。第二次大戦の「戦況も不確定で将来の不安や紙など物資の確保も怪しくなり,今後印刷研究の続行が不可能になると判断し,この冊子の制作を思いついた」とのことです。
 新装版で新たに収録したタイポグラフィ作品集「Wandering from type to type」は、1973年、重蔵さん52歳のときの作品集です。

巻末付録

(写真は「デザインの現場」ブログから)

 Aldus、Optima、Palatino、Zapfinoなど、数々の書体デザインで知られるヘルマン・ツァップさんのリクエストにより制作されたこの作品集については、もうその作品を見ていただくしかありません。あるブログでは、「活字の美しさ、レイアウトの美しさは、感動的というかちょっと圧倒的」(空犬通信)と書いていただいています。活版原版刷された現物の持つ、文字の繊細さや組版の迫力を、オフセットで少しでも正確に再現したいと思い、本書収録にあたってはFMスクリーンを採用しました。
 習作時代から約30年の間に重蔵さんの組版がどれだけ変化したか、という点でも、ぜひ2つの巻末付録を見比べていただきたいと思います。


 後書きの「新装版刊行にあたって(雑談より)」は、文字どおり、新装版刊行に際して、重蔵さんからお聞きしたお話をまとめたものです。重蔵さんがどのようにして、日本にいながら、世界に通用する欧文組版を学んだのか、を中心に、初の訪欧時のエピソード、ヘルマン・ツァップさんとの出会いなどを語っていただきました。
 最後に、少し長いですが、この後書きの結びの言葉を引用します。

復刻版を出してこの10年で変ったことは,すっかり活字がなくなったってことよ。Macになったでしょ。だけど紙の上に文字が乗っかるてことは事実だし,Macの活字は決して良くないよ。あんな画像でやって,レンズやディスプレイの類を一回通したら,いかにディストーションを起こすかわかるでしょ。ディスプレイに出た,こいつを今度はプリントに打ち出す。もう形変ってるよ。太さも違う。それをさらにオフセットでやったら,どんなに変わっちゃうかわかんない。そりゃあ活字にはかなわないもの。もちろん,それぞれの活字の特徴を知って,ちゃんと使いこなさないといけない。同じベネチアン系の書体でも,会社によって太さが違う。モノタイプのセンタウルは15世紀のジェンソンの活字を参考にしてるけど,オリジナルのマージナル・ゾーン*1を省いて作っているので細い。書籍の本文への印刷を考えて,コットン紙っていうか,ふわっとした紙に刷った時,マージナル・ゾーンが増えてちょうどいい太さになる。対照的なのがATF(American Type Founders)のクロイスター・オールド・スタイル。これもジェンソンを参考にしているけど,ATFのは商業印刷用なので,ほとんどが平滑なアート紙で字面がそっくり出ちゃうから,モノタイプのじゃ細すぎる。だからATFは活字の字面をマージナル・ゾーンを含めた太さ*2にした。極端に言えばね。ATFはその後,書籍用に少し細いクロイスター・ライト・フェイスも作っている。
 だから,どの書体を選ぶのかってことも大切だけど,どんな紙にどう刷るかで,合わせて活字を選ぶ。今の連中は誰もわかっちゃいない。日本人って,名前に引きずられて質を見ないんだ。本当に大切なのは,そういうことだ。

本書の書評・紹介記事

*1:マージナル・ゾーンとは、凸版で印刷した画線の輪郭にできる隈取りのこと。印圧によってインキが版の凸部からはみ出ることで、輪郭部のインキが濃くなり、画線がくっきりして見える。

*2:表面が平滑な塗工紙への印刷で、マージナル・ゾーンが少ないことを考慮し、最初から活字の字面を太めに設計した。