宇能鴻一郎『甘美な牢獄』

 2022年8月発売、「シリーズ 日本語の醍醐味」の新刊を紹介します。


甘美な牢獄 ──シリーズ 日本語の醍醐味(10)
宇能鴻一郎

「人間である最後の夜に、わたしはこの手紙を書きます。」(「甘美な牢獄」より)
やむにやまれず暗い官能の洞窟へおちこんでいった者たちの、圧倒的なエロスの世界が、いま甦る。稀代の物語作家が描く「この世の地獄」は、煌びやかで残酷な夢想のユートピアであった。

 芥川賞を受賞して華々しく文壇に登場した宇能鴻一郎は、1960年代から70年代前半にかけて、濃密な文体で性の深淵をえぐる作品集を40冊余り刊行した。しかし先鋭的すぎたためか当時の文壇ではほとんど無視され、著作も軒並み絶版になっていった。それから半世紀以上を経て、いまようやく宇能文学への関心が高まっている。恐怖とエロティシズムによって性の根源に迫った真正の文学世界は、いま読んでも比類なく新鮮で、麻薬的・原初的な文章の力に圧倒されるだろう。むしろ現代でこそ受け入れられる性質の作品群と思われる。
 「この世の地獄を描いて宇能氏の右に出るものはあるまい」と筒井康隆に絶讃された「甘美な牢獄」、思春期の青い性が清冽な「光と風と恋」、満洲で世界の汚辱にあらがう少年の復讐譚「野性の蛇」、谷崎や乱歩の後継となるユートピア奇談「殉教未遂」「狂宴」「神々しき娼婦」、不良少年の優しさに満ちた「雪女の贈り物」「官能旅行」の全8篇を収録。

※七北数人氏を監修者に迎えた「シリーズ 日本語の醍醐味」は、“ハードカバーでゆったり、じっくり味わって読みたい日本文学”をコンセプトに、手に汗握るストーリーではなく、密度の濃い文章、描写力で読ませる作品、言葉自体の力を感じさせる作品を集成してゆきます。

2022年8月25日発行(8月10日ごろ発売予定) 四六判・上製 304ページ
定価=本体2,400円+税 ISBN978-4-904596-13-5


【目次】
光と風と恋
雪女の贈り物
野性の蛇(*)
殉教未遂
狂宴
甘美な牢獄
官能旅行
神々しき娼婦

解説/七北数人


 記念すべきシリーズ10冊目は、念願の宇能鴻一郎氏。シリーズ監修者の七北数人氏は解説の中でこう書いています。

そんな記念の一冊が念願の宇能鴻一郎篇となり、編者にとってこれ以上の喜びはない。前回の太宰治と並び、世界無比の二大文豪だと私は思っている。
 マジメな顔でそう力説すると、結構マジメに笑われる。太宰でさえ昔は大っぴらに好きと言えない空気があったが、宇能鴻一郎といえば一九七〇年代から八〇年代にかけて一世を風靡した超有名ポルノ作家だったからだ。

 恥ずかしながら私も最初の印象は、“週刊誌や夕刊でよく見かけるポルノ作家”でした。ただし、『鯨神』を読むまでは。
 大学時代、「あたし〜なんです」を数冊読んだ後、ふと手に取った中公文庫の『鯨神』を読みはじめて、その精緻な文章、作品構成にぶっ飛んだ。とくに後半からの……ネタバレになりかねないので止めときます。この『鯨神』はずっと品切でしたが、今は新潮文庫『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』にも収録されているので、ぜひそちらで読んでください。「鯨神」をはじめ、表題作の「姫君を喰う話」ほか、すんごい作品が並んでいます。
 なんて他社本の宣伝をしている場合ではなかった。うちの本だ、うちの。烏有本にも凄いのが並んでいます。というか、宇能氏の作品は、どれもこれも凄いのばっかりなんですよ。
 七北氏は表題作「甘美な牢獄」について、

私は一作で、すでに宇能文学のとりこになっていた。「この世の地獄」をもっともっと味わいたくて、宇能鴻一郎の初期作品を片端から、むさぼるように読んだ。どの作品にも、やむにやまれず暗い官能の洞窟へおちこんでいった者たちの姿が描きこんであった。彼らこそ真に「生きている」人間だ、という一貫した作者の主張がきこえ、人間という存在の底知れぬ奇怪さがみえてくる。

 また他にも、青春小説「光と風と恋」、少年時代を過ごした満洲を舞台とする「雪女の贈り物」「野性の蛇」など、

 性は巨大な底なし沼のように、少年を引きずりこむ。とろけるような甘さと相反する強烈な苦み、理由のない破壊衝動、それら若い青春のすべてが宇能作品にはギッシリと、しかし繊細に埋めこまれている。

 と。
 いやあ、本当に、荒々しさと繊細さを併せ持った、稀有な作品ばかりなんです。
 
 本書が並ぶお店は、来週あたりから随時烏有書林の本があるお店(リアル&ネット)に反映させていきますので、ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。

*作品名に誤植がありました。目次と本文に「野生の蛇」とありますが、正しくは「野性の蛇」です。大変申し訳ございません。著者と読者の皆様にお詫び申し上げます。