2025年4月発売、「シリーズ 日本語の醍醐味」の新刊を紹介します。

砂漠の雪 ──シリーズ 日本語の醍醐味(11)
稲葉真弓「敷物ひとつない簡素な床に、夜の光が射しこんでいた。」(「砂漠の雪」より)
高層マンションの一室に夜の気配がしんしんと迫る。自由を希求して生きた女性たちの、艶めかしく物狂おしき世界。本を開けば、短篇の名手・稲葉真弓が描く歪んだイメージの奔流に驚かされるだろう。なんと官能的で、物狂おしい世界が繰り広げられていることか。肉体を樹木と化して踊る女、無言電話に向けて語り続ける「私」、不気味な妊婦ばかり描く女性画家。老母と老猫は深夜ひっそりと交歓し、作者自身を思わせる女性は夜更けの森で黒いシェパードと化して咆哮する。水につかる武蔵野の林の一軒家でも、都会の高層マンションの一室でも、夜の孤独が妄想をはぐくみ、不気味でなまなましい夢の世界が奇妙なやすらぎを与えてくれる。
官能的な植物幻想を溶け込ませた作品群を中心に、単行本未収録の「砂漠の雪」「犬」2作を含む稲葉文学の精粋、全8篇を収録。※七北数人氏を監修者に迎えた「シリーズ 日本語の醍醐味」は、“ハードカバーでゆったり、じっくり味わって読みたい日本文学”をコンセプトに、手に汗握るストーリーではなく、密度の濃い文章、描写力で読ませる作品、言葉自体の力を感じさせる作品を集成してゆきます。
2025年4月25日発行 四六判・上製 336ページ
定価=本体2,400円+税 ISBN978-4-904596-15-9
【目次】
だれもいないのに鳴っている
草宮
犬
竹が走る
バラの彷徨
かかしの旅
樹霊
砂漠の雪解説/七北数人
シリーズ11冊目は、稲葉真弓『砂漠の雪』です。
稲葉氏は、作家・鈴木いづみとジャズミュージシャン阿部薫を描いた『エンドレス・ワルツ』をはじめ、『海松』『半島へ』などで知られる作家・詩人ですが、今回のラインナップ中、「かかしの旅」は著者単著への収録は本書が初めて、「犬」「砂漠の雪」の2篇は単行本初収録となりますので、近来の読者はもちろん、年来の稲葉ファンにもお楽しみいただけるセレクトになっていると思います。
七北氏は表題作「砂漠の雪」について、
「砂漠の雪」(二〇〇九)は、稲葉文学の集大成の趣もある作品。
マンションの真上の階に住む女性画家との交遊。壁に貼られた写真や絵はすべて妊婦。砂漠の花=ローズ・サハラに代わる砂漠の雪。カラッポの肉体へ手をのばすような感覚。そのすべてが「バラの彷徨」のヴァリエーションのようだ。(中略)「あなた」の描いたシュールで不気味な妊婦の絵が、「私」に必要な幻想を与えてくれる。「緑の樹木の形をした妊婦。樹液で体を光らせ、にぎやかな種子を花火みたいにまき散らしている」その絵が、過去の癒えない傷をやさしく撫でてくれるようだった。
と解説で書いています。
この「砂漠の雪」はもちろん、もう一つの単行本初収録作「犬」もまた凄い作品です。稲葉氏は、倉田悠子の筆名で美少女アニメ『くりいむレモン』シリーズなどのノベライズを執筆していたこともあり、この点ではシリーズ10冊目の宇能鴻一郎氏と少し共通する部分を感じさせますが、「犬」には作品が途中で転調するという、宇能氏の「鯨神」を思い起こさせる展開もあったりします。
稲葉文学の精粋、全8篇、ぜひお楽しみください。
本書が並ぶお店は、4月頭あたりから随時烏有書林の本があるお店(リアル&ネット)に反映させていきますので、ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。