歪んだ書物愛と憑き物落とし

6月の新刊、太宰治『黄金風景』の書店さんからの申し込みFaxの一つに、太宰の「『女生徒』がだいすきです!」というコメントが付されていた。それを見て思い出したことがあったので、備忘録として書いておくことに。

以前関わっていた雑誌で、アートディレクターの葛西薫さんを取材した時のことだ。(その時の記事は『印刷雑誌』2006年11月号掲載「多くの人々に私信を届ける」です。)

と、その前に、当時の私のことを書いておく。
たとえば書店店頭で好きな作家の新刊が20冊平積みになっていたとする。当時の私は、その20冊すべてを手にとってチェックしていた。まったく同じ本に見えても、やはり一つ一つに個性がある。ぱっと見の傷や汚れはもちろん、本文の各ページが綺麗に印刷されているか、1冊を通して版面の黒みは一定か、などを順に見ていく。次に4色刷りのジャケットや帯などに見当ズレはないか、各色の見当をはじめ、背文字がビシッとセンターに来ているかどうか等々、細かい部分をチェック。そして最後に、本体、ジャケット、帯、それぞれでベストなものを組み合わせてからレジに持っていくのだ。いま思えば、ちょっと頭おかしいよね、当時の私。

閑話休題葛西薫さん取材時の話である。
事前に用意していた質問はすべて聞き終え、本や文字や印刷についての雑談をしていたときのこと。葛西さんはご自身が装丁を手がけた『女生徒』(太宰治著、佐内正史写真。作品社、2000年)を手にとられた。その『女生徒』は帯の背文字がセンターから大胆にずれていて、私はそれが取材の途中からずっと気になっていたのだ。プロの仕事として、そのズレ具合はちょっとありえないでしょ、と。
そんな『女生徒』を葛西さんは手にとり、「ほら」と帯の背文字を指さした。私はてっきり「ありえない」という言葉が続くものだと思ったのだが、葛西さんがおっしゃったのはこうだった。
「ほら、こんな見当ズレっていいよね。人間らしくて。」
その瞬間、自分の目から鱗が落ちるのがはっきりわかった。今でも覚えている。本当にポロッと音が聞こえた。
こんな、私の中に巣食っていた「歪んだ書物愛」という憑き物をたった一言で落としてくれた葛西さんのことを、私は勝手に恩人だと思っている。(その後、高岡重蔵さんの思い出の会など、葛西さんとは何度かご一緒する機会があり、その度に今度こそはお礼を言わねばと思うのだが、なんだか照れくさくて、まだご本人には直接言えてない……)

その日以降、私は書店で何冊平積みになっていようと、一番上の1冊を手にとってレジに向かうことにしている。

『黄金風景』太宰治

 2021年6月15日前後発売予定、「シリーズ 日本語の醍醐味」の新刊を紹介します。


黄金風景 ──シリーズ 日本語の醍醐味(9)
太宰治
「生きていることへの感謝の念でいっぱいの小説こそ、不滅のものを持っている。」(「感謝の文学」より)
何度も自殺未遂を繰り返した太宰は、底抜けに人を愛する、限りなく優しい男だった。心温まる話と、めくるめく言語マジック。愛とユーモアに満ちた清新な作品集。全23篇。

 坂口安吾織田作之助らとともに無頼派と呼ばれた太宰治の文学は、いまでも他の追随を許さぬ独自の輝きを放ち、愛読者は世界中に広がり続けている。
 陋巷のマリアたちに捧げられた「黄金風景」「新樹の言葉」「俗天使」「母」、ノスタルジックな街と人が哀切に立ち現れる「老ハイデルベルヒ」「帰去来」、エロティックで愉快で少し不気味な「陰火」「女人訓戒」「清貧譚」、巧みな話術で読者を翻弄する「懶惰の歌留多」「春の盗賊」、繊細な感性で心の破片をコラージュした「葉」「創生記」「HUMAN LOST」など、ヴァラエティに富む太宰の文学世界を精選。思いがけないほど温かで、人間を愛してやまない太宰の本当の姿がここにある。

※七北数人氏を監修者に迎えた「シリーズ 日本語の醍醐味」は、“ハードカバーでゆったり、じっくり味わって読みたい日本文学”をコンセプトに、手に汗握るストーリーではなく、密度の濃い文章、描写力で読ませる作品、言葉自体の力を感じさせる作品を集成してゆきます。
2021年6月19日発行(6月15日ごろ発売予定) 四六判・上製 352ページ
定価=本体2,400円+税 ISBN978-4-904596-12-8


【目次】

虚栄の市
敗北の歌
放心について
感謝の文学
陰火
走ラヌ名馬
創生記
音に就いて
HUMAN LOST
黄金風景
懶惰の歌留多
新樹の言葉
市井喧争
俗天使
女人訓戒
春の盗賊
老ハイデルベルヒ
清貧譚
帰去来
一つの約束
親という二字

解説/七北数人


 太宰治
 日本人なら知らない人はいないほどの作家ですよね。「晩年」「斜陽」「人間失格」……今も読み継がれる作品を挙げていくと、枚挙にいとまがありません。
 そして、この醍醐味シリーズ第一弾『アンゴウ』の著者、坂口安吾の盟友でもあります。
 シリーズ監修者・七北数人氏の本書解説にはこうあります。

新潟で安吾について講演をした折、車椅子の若い女性が来場されていて、彼女は大事そうに『アンゴウ』を抱え持っていた。この本に出逢えたおかげで、死を思いとどまることができた、と彼女は言う。私は全身に鳥肌が立つほど感動した。ああ本当にこの本を作ってよかったと、大きな意義を感じた。
 彼女のおかげで、本シリーズに太宰が入ることになった。太宰の本も無数に出ているが、私にとって心の糧であり続けた太宰作品の、その大切な部分を伝えられるような作品集を作りたい。これを読んで死ぬのをやめてくれる人がいるといい。そういう気持ちで本書を編んだので、同じ無頼派という以上に、安吾篇と対になる作品集になっていると思う。
(中略)
 太宰には埋もれた作品なんてないと言ってもいいぐらい、どの作もよく読まれていると思う。そんな中でも作品集への収録が比較的少なく、蔭の大傑作と言いたいような作品を厳選してみたら、おもに二つの傾向の作品群が集まった。
 心温まる話と、言葉の魔術師と呼ぶにふさわしい作品と。

 新潟でこんなことがあったなんて、私もこの解説を読むまで知りませんでした。いやあ、本当に、『アンゴウ』を出して、よかった。本当によかった。
 そして、この『黄金風景』も、いま生きるのに苦しい人、悩んでいる人たちに、ぜひ読んでもらいたい。

 夜の次には、朝が来る。(「懶惰の歌留多」より)

 そんな希望が湧いてくる一冊です。

 本書が並ぶお店は、来週あたりから随時烏有書林の本があるお店(リアル&ネット)に反映させていきますので、ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。

〈余談〉
 最初にこの本をつくり始めたとき、ビブリア古書堂ではありませんが、『晩年』の初版本を勝手にイメージしながら書体などを決めていきました。で、途中でもしやと思って国会図書館のサイトを覗いてみたら『晩年』の初版本がデジタルで公開されており、そこで使われていた書体がたまたま私が選んだのとそっくりで息を吞みました。まあ全く同じではありませんし、そもそも活版印刷の時代ですから、著者や編集者がわざわざ書体を選ぶようなことはまずなかったでしょうが、不思議な縁みたいなものを感じました。

追記:比較画像↓です。かなりそっくりじゃないですか!?


砂子屋書房版『晩年』初版(昭11。左)と烏有本(右)

『ペガサスの挽歌』増刷!

ずっと品切だった皆川博子先生の『ペガサスの挽歌』、幻の作品を集めたこの本自体が長らく幻となっていましたが、このたび800部だけ増刷します。重版出来は12/10頃。店頭にはほとんど並ばないので、ご希望の方はぜひ最寄りの書店でご注文ください。 →『ペガサスの挽歌』

ベタ組について考えてみた

以下の文章は、あくまで私の感覚を元にしたベタ組についてのメモで、特に根拠はありません。私の想像&妄想です。なので、誰かに検証してもらえれば、もしくはすでに検証したものが公表されているなら、教えていただければ幸いです。
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少し前に気になったツイートがあり、本文のベタ組についていろいろ考えてみた。これから仕事が忙しくなりそうなので、今のうちにつらつら考えたことをざっくりまとめておくことにする。
 件のツイートを(勝手に補足しながら)要約すると、「タイトルや見出しなど、文字の形に合わせて細かく字間を調整したプロポーショナル組は美しいが、本文ではそんな手間ひまは掛けられないので仕方なくベタで組んでいる。なので本文では、「っゃゅょ」などの小書きの仮名、縦組中の「へ」や横組中の「く」などの前後が不自然に空いてしまう。要は、美しいプロポーショナル組が理想であり、ベタ組中心の本文は妥協の産物である」みたいな感じだった。
 これは、「組版」というものを意識したとき、誰しも一度は考えることじゃないだろうか。むかし私も同じようなことを考えたことがあったが、今はこのような、「プロポーショナル組が理想、ベタ組は妥協」はちょっと違うんじゃないかと思っている。
 私の考えをざっくり書くと、「本文は読みやすさ優先でベタ組、見出しは文字数が少ないので、読みやすさより見た目の美しさ優先でプロポーショナル組」みたいな感じだ。(ここで言うベタ組は、文字が等ピッチで並んでいる組版、の意味です。禁則処理等々の影響で、すべての行がぴったりベタで並ぶわけじゃないので。)
 あくまで私の場合だが、プロポーショナル組の本文を読んでいると、読むスピードが早くなったり遅くなったりして、船酔いのような気持ち悪さを感じてしまう。まだ1〜2ページ程度の短文なら我慢できるが、長文になると、きつい。
kamisibai.pdfの23ページに、むかし見かけた極端な例をあげているので、できれば実際に読んで感じてみてください。)

まあ、面倒な説明なしでも、実際に自分が言葉を発しているときや文字を読んでいるときの感覚を思い出してもらえれば、すぐに察しはつくと思う。
 たとえば普段の会話のとき、気分のノリによってテンポは変わるだろうが、おおむね1音1音は等ピッチで話しているのではないだろうか。これは、いってみればベタ組でしゃべっているようなものだ。
 話すにせよ読むにせよ、「へ」の前後だけ早口でしゃべる人はいないだろうし、縦組と横組で「へ」と「く」の前後をスピードを変えて読む人はいないだろう。
 ただ、1音=仮名1字を1拍と考えたとき、拗促音などはちょっと微妙になってくる。「っ」や「ー」は1拍と考えて差し支えないが、「ゃゅょ」などはプラス半拍といったところか。ただ、人間の脳の処理能力は優秀だし、また慣れもあって、字数と音の少々のズレなどものともせず、スムーズに読み進めることができる。
 これに表意文字の漢字が入ってくると、脳ではもっとややこしい処理が必要になる。漢字1文字で2〜4音なんてのもあり、読書時の目の動きはそこでどうしても停滞してしまうわけだが、漢字の場合は音というより形から意味をとりながら読むので、リズムの違いはあまり気にならない(漢字が多めだと古めかしく堅苦しい感じがし、リズムの分断も増える分、そんな表記に慣れていないと読むスピードがぎこちなくなるかもしれない。この辺りの感覚は、読む人の年齢・読書経験によってかなり差があるとは思うが)。逆に仮名だけだと音から意味を汲み取る時間がかかるので、これもリズムよく読むのは難しい。やはり、適度に漢字と仮名が出てくる方が読みやすい。
 漢字と仮名の役割分担としては、漢字で意味を正確に(同音異義語などの混乱を避けて)伝え、仮名でリズムを整える、ということではないだろうか。なので、仮名の部分が等ピッチで並んでいないと、読むときの目の動きと目に入る文字のピッチが微妙にずれて、船酔いのような感覚を感じるのではないかと思う。(まあこれは、ベタ組の文章を毎日何十年も読み続けてきた私の感覚だから、デジタルネイティブ世代にも当てはまるかどうかはわからない。)

いずれにせよ、やはり本文組では、文字の形を見る、というより、文章の声に耳を澄ます、という感覚になる。
 短文の見出しが「見せる組版」なら、本文組は「読んでいただく組版」、大袈裟にいえば「奉仕の組版」かな。それを見出しのように組んでしまったら、下手をすると自我の押し付けに、やたらうるさい組版になりかねない。

「おそらく私は、普段の読書のときから全角ベタ組のペースで文字を読んでいるんだろうな」と思い当たったきっかけは、十数年前に担当した書籍のゲラがなぜかプロポーショナルで組まれてきて、それを読んでいたときのことだ。縦組で「一つ」などの字間が極端に詰まっているような組み方で、とにかく気持ち悪かったし、字並びによっては文意もとりにくかった。
 たとえば、縦組で「一二」などと組んだとき、「一」の前後は少なくとも「二」の1画目と2画目の間隔以上に空けないと、「一二」なのか「三」なのかがわかりにくくて読むリズムが止まってしまう。これは私が、知らず知らずのうちに、正方形の仮想ボディを感じながら文字を読んでいるからなのだと思った。先にあげたPDFだと、21ページにそのあたりのことを書いている。要は、四角四面のベタ組じゃないにしろ、「一」が「一」であるとわかるためには、前後にある程度のアキ、仮想ボディなりサイドベアリングなりが必要だということ。とにかく漢字は字種が多いから、一か二か三か、十一か土か士か、必要最小限のアキがないとわからない。たとえ本文をプロポーショナルで組むにしても、この必要最小限のアキを意識すると、それはベタ組に近づいていくことになる。
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あまり長々と書いても仕方がないので、ひとまずこの辺で止めます。箇条書きを適当につなげただけの断片的な文章なので、読みにくかったと思います。すみません。
 私はとにかく勉強嫌いで感覚優先の人間だから、可読性についての知識は管見過ぎてかなり怪しいです。(古くは今井直一『書物と活字』(印刷学会出版部)あたりから、最近だと『出版研究』(日本出版学会)で可読性についての論文をいくつか読んだぐらい……)ここで書いたことが合っているのかどうか、自分でも正直わかりません。
 なので、面白い研究成果等があれば、ぜひ教えてください。

本づくり協会・印刷部会 第5回ミーティングのお知らせ

本づくり協会メールマガジンから転載します。
ご興味ある方、ぜひご参加を!
(第4回の様子はこちら→本づくり協会 facebook

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 印刷部会第5回ミーティングを開催します。
 担当理事の高岡昌生さんと烏有書林の上田宙さんを交えた書籍についての勉強会です。
 また、参加者のみなさまには自慢の1冊、お気に入りの1冊をご持参いただき、その魅力を語り合っていただきます。

開催日時●2020年2月2日 15:00~17:00
     ※開場、受付開始は14:45より
会場●新宿支部印刷会館(東京都新宿区)
   http://www.shinjyuku.join-us.jp/07access/07access.html
参加費●本づくり協会会員:1000円、非会員:1200円
参加申込●協会ウェブサイトの問い合わせフォーム
     https://www.honzukuri.org/contact/
     からお申し込みいただくか、協会メールアドレス
     honzukuri●gmail.com(●を@に)
     からお申し込みください。
     なお、お名前、連絡先(当日、ご連絡可能な携帯電話番号など)を必ず明記してお申し込みください。
     ※当日の飛び入り参加も歓迎いたします。
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烏有本フェア、テコ入れ策その2

 テコ入れ策第二弾として、烏有書林&上田宙選書フェア用に書いたお薦めコメント31冊分を載せてみます。もし興味を惹いた本があれば、ぜひブックス・ルーエさんでご購入を!

 まずは烏有本。

高岡昌生『欧文組版〔増補改訂版〕』
海外を旅行したとき、おかしな日本語表記を見て吹き出したこと、ありますよね? 実は海外からの旅行者も、日本で見る英語表記に同じことを感じているとしたら……。私は本書を読んで、過去の自分の仕事をすべてやり直したくなりました。プロのデザイナーや編集者はもちろん、英語でレポートなどの文書を作成する社会人・学生さんもぜひ。

吉行淳之介『廃墟の眺め』
私小説風でさらっと日常の一コマを切り取った作品も多いのですが、その切り取り方や描き方、登場人物の心理の動きの描写などが、とにかくもう繊細なんです。その絶妙な文章をぜひご堪能ください。

金子光晴『老薔薇園』
「日本語の醍醐味」というシリーズを思いついたきっかけが金子光晴の散文作品でした。大昔の話ですが、「こんな密度の濃い、言葉自体の力を感じさせてくれる小説ばかりを集めたアンソロジーがあれば楽しいな」と思ってずっと温めていました。そういった意味では、念願の一冊です。

小林美代子『蝕まれた虹』
「むごたらしいほど美しい小説」と中上健次が絶讃した「髪の花」、遺作となった表題作など8篇を収録しました。中上の「十九歳の地図」が“怒り”の文学なら、こちらは“祈り”の文学。ぜひ併せて読んでほしい。

尾崎士郎『没落時代』
尾崎士郎といえば「人生劇場」のイメージが強いですが、それだけではもったいない。大逆事件をモデルに教誨師の視点から描いた「蜜柑の皮」は名作中の名作、安吾的なファルスを思わせる「鳴沢先生」のラストも抜群にイカシテます。その他にも、広く読まれてほしい作品が目白押しです。

高岡重蔵『高岡重蔵 活版習作集』
本書、実は品切中なんですが、社内に書店さんから返ってきたのが1冊だけあったので改装して持ってきました。重蔵さんの作品の凄さは、ページを開けば一目でわかると思います。なぜ「習作」なのかは本書の前口上で。

藤枝静男『田紳有楽』
奇作「田紳有楽」をより深く楽しんでもらおうと、コース料理を意識して編んだ作品集です。メインである表題作を中心に、前菜から食後のデザート&コーヒーまで、じっくり味わってお読みください。

石川桂郎『剃刀日記』
桂郎の作品数篇が収められたアンソロジーちくま文庫)を読んだとき、まるで剃刀で削ぎ落としたかのような精緻な文章にぶっ飛び、他の作品も読もうとネット検索して古書価の高さにぶっ飛び、翌日国会図書館に走りました。「花輪」のラストの美しさは鳥肌ものです。誰か映像化しませんか?

坂口安吾『アンゴウ』
詩情あふれる初期の作品を中心に、これまであまり単行本に収録されてこなかった埋もれた名作を集めました。壮絶な恋愛小説「花火」や安吾流ファルスの到達点ともいえる「保久呂天皇」など、特にお薦めです。「堕落論」もいいですが、やっぱ安吾は小説が面白い!

ジャスティン・ハウズ『ジョンストンのロンドン地下鉄書体』
ロンドン地下鉄書体Johnston Sansは、あの二階建バスでも使われている、ロンドンの景観を象徴するような書体です。それを80年代にリデザインしたのが日本人の河野英一さんだったなんて、ちょっとビックリですよね。ちなみに河野さんは高岡重蔵さんのお弟子さんです。

高岡重蔵『欧文活字(新装版)』
1948年に書かれた欧文活字書体の解説書に、付録として美しい活版作品等を付しました。新装版の後書きを読むと、戦時下で英語を学べなかった重蔵さんが、いかにして世界レベルの欧文組版を身につけていったのかがわかります。「フォントのふしぎ」の小林章さん曰く、「すごい話聴いちゃった、そんな満足感が得られます。何回読んでもそう」。


 続いて上田お薦め本。

港千尋『文字の母たち』(インスクリプト
金属活字の写真集です。活字とは、要は一個につき一文字だけのハンコみたいなものです。ほんの少し前まで、こんな活字を一文字ずつ何万個も並べて本は印刷されていました。大変な労力です。今でもたまに、詩集などでそんな本を見かけます。

小泉弘『装丁山昧』山と渓谷社
本と同じくらい山を愛する「紙のアルピニスト」、装丁家の小泉弘さんが、これまで装丁してきた「山の本」をまとめたものです。装丁はもちろん、それらの本について語られた文章がまたいいんです。たんに外周を飾るのではなく、内容を深く理解した上で本を装おうとしている小泉さんの態度に、心が揺さぶられます。

小谷充『市川崑タイポグラフィ:「犬神家の一族」の明朝体研究』(水曜社)
映画監督・市川崑タイポグラフィについて、「古畑任三郎」や「新世紀エヴァンゲリオン」にも影響を与えたというその極太明朝体やL字型のレイアウトが、どのようにして生まれ発展していったか。物証を積み重ね、推理を実証していく手つきはまるで金田一耕助推理小説を読んでいるようでワクワクします。

小林章『フォントのふしぎ:ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?』(美術出版社)
ルイ・ヴィトンディオールゴディバといったブランドのロゴがなぜ高級感を感じさせるのか。それも特別にデザインされた文字ではなくて、あなたのパソコンにも入ってる市販のフォントで。使い方次第でこんなに変わるの?って、きっとビックリしますよ。

正木香子『文字の食卓』本の雑誌社
まるで食卓に並ぶ料理のように、いろんな書体の見本が並べられ、それらに関するエッセイが綴られています。同じ文言を様々な書体で組んだ普通の書体見本ではなく、実際にその書体が使われた色んな本から選ばれていているので文言はすべてバラバラ。でも、もともとその書体のために書かれた言葉なんじゃないか、というくらいぴったりの文章が選ばれています。著者のセンスに脱帽です。

石川九楊『一日一書』二玄社
この本を読むまでは、「書」は書かれた文字の形を見るものだと思っていました。でも本当は、書かれた文字を通して、それを書いているさなかの筆の動きを感じるものなのだと気づかされました。文字というものを見る目が確実に変わります。

牛腸茂雄牛腸茂雄写真 こども』白水社
いかにも子供らしい無邪気な姿ではなくて、知らないおじさんからレンズを向けられて緊張している、どこか居心地の悪そうな「そのままの子供」が写っています。その少し固い表情が、人間らしくてとてもいいです。

梶山季之せどり男爵数奇譚ちくま文庫
古書ミステリーの傑作です。神保町に通ってる人も通いたいと思ってる人も必読……通ってる人はすでに持ってるか。この作品が好きすぎて、私は4冊(単行本初版、限定版、夏目書房版、ちくま文庫版)持ってます。あと、特装限定版5部というのもあるらしいのですが、まだ見たことがありません。どんな装丁か、いつか見てみたい。

藤枝静男『田紳有楽|空気頭』講談社文芸文庫
著者は自分を「私小説作家」だと言ってますが、たまにとんでもない(SF?)作品を書いてます。烏有書林版『田紳有楽』がコース料理だとすれば、こちらは激辛カレーとトムヤムクンカップリング。ぜひ両書を読み比べてみてください。同じ作品が違った表情を見せてくれます。

山本貴光『文体の科学』(新潮社)
法律の文章ってなんかクセがあってわかりにくいですよね。本書を読めばその理由がわかります。“文体”といっても「作家○○の文体は」みたいな話ではなく、辞書や数式や法律書など、様々なジャンルの文を例に挙げながら、ページレイアウトや文字の配置、書体などが、いかにその内容と密接に関わっているか、必然性があるか、を分析しています。

開高健 『裸の王様・流亡記』(角川文庫)
開高健初期の名作。とくに「流亡記」は、秦の始皇帝による圧政と万里長城建造のための苦役、そして匈奴の脅威に怯える悲惨な民衆を丹念に描いているのですが、それらすべてを吹っ飛ばすラストの開放感、爽快感は何度読んでも新鮮です。

佐藤泰志海炭市叙景小学館文庫)
「海炭市」という架空の土地に暮す普通の人々を描いた連作短編集。なにか大事件が起こるわけでもなく、淡々と日々を暮す人々を淡々と描いただけの静かな作品集なんですが、でもたまに、この静かな風景(小説世界)の中に身を置きたくなって読み返してしまいます。

寺門和夫『『銀河鉄道の夜』フィールド・ノート』青土社
銀河鉄道は宇宙のどこを走っているのか ◎銀河鉄道はなぜ3時に南十字につくのか ◎ブルカニロ博士はどこからきたか ◎天気輪の柱とは何か。帯文にあるこれだけでもう十分でしょう。著者が科学ジャーナリストだけに、推理と検証には説得力があり、良質な本格推理小説を読んでいるような楽しさがあります。

上野瞭『ひげよ、さらば(理論社の大長編シリーズ)』理論社
薬物中毒、友の裏切り、権力者の腐敗、そんな“猫の社会”をリアルに描いた“児童文学”。ウソみたいでしょ? ホントなんです。「人間社会のメタファ」なんて言葉には収まらない、極上の冒険活劇でもあります。名作です。

森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』講談社文庫)
ミステリーではなく、自伝的な小説です。あえてすべては書きませんが、恩師・喜嶋先生の「学問には王道……」の台詞には感動し震えました。師弟を描いた本だと、四方田犬彦『先生とわたし』(新潮文庫)もお勧めです。

中上健次『十九歳の地図』河出文庫
焦燥と怒りに満ちた永遠の青春文学。10代の頃には突き刺さってきた同じ言葉が、いま読むと沁みてくるから不思議です。本作に出てくる「かさぶただらけのマリアさま」は、『蝕まれた虹』の小林美代子がモデルです。

中上健次 『地の果て至上の時』講談社文芸文庫
色んな版で読み返してきた大好きな作品なんですが、この版は読了までに2回挫折しました。版面設計の酷さ(読む気を失せさせる)という意味では出版史に残る1冊だと思います。ここまでして出したかった編集者の気持ちを考えると、逆に感動的です。歴史的な逸品なのでコレクションとしてぜひ。(普通に読みたい場合は別の版をお薦めします。)

坂口安吾堕落論・日本文化私観 他二十二篇』岩波文庫
高校時代、安吾の「日本文化私観」を読まなかったら、編集者になって本を作ってはいなかったでしょう。それまでは漠然と、将来は数学か理科の先生になるんだろうな、なんて思ってたんですが、数年後には安吾で卒論書いてました。

津本陽深重の海集英社文庫
涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなかったら、家で一人で読んでください。商業捕鯨再開を記念して。(本当は宇能鴻一郎『鯨神』も入れたかったんですが、残念ながら品切でした。)

野坂昭如エロ事師たち新潮文庫
男の性(さが)を感じさせてくれる小説。ほとんどの男性は共感するはず。女性は、男がいかに馬鹿な生き物かを知るのに役立つでしょう。 

 以上です。

烏有本フェア、テコ入れ策その1

 吉祥寺ブックス・ルーエさんで開催中の烏有書林&上田宙選書フェア、私のお薦め本は順調に売れているようですが、肝心の烏有本が今一つみたいなので、テコ入れ策を考えました。

 フェア本を購入頂いた方に、うちでいつも使っている謹呈用の栞(活版印刷・嘉瑞工房)を差し上げます! プレゼント用にいかがでしょう?