烏有本フェア、テコ入れ策その2

 テコ入れ策第二弾として、烏有書林&上田宙選書フェア用に書いたお薦めコメント31冊分を載せてみます。もし興味を惹いた本があれば、ぜひブックス・ルーエさんでご購入を!

 まずは烏有本。

高岡昌生『欧文組版〔増補改訂版〕』
海外を旅行したとき、おかしな日本語表記を見て吹き出したこと、ありますよね? 実は海外からの旅行者も、日本で見る英語表記に同じことを感じているとしたら……。私は本書を読んで、過去の自分の仕事をすべてやり直したくなりました。プロのデザイナーや編集者はもちろん、英語でレポートなどの文書を作成する社会人・学生さんもぜひ。

吉行淳之介『廃墟の眺め』
私小説風でさらっと日常の一コマを切り取った作品も多いのですが、その切り取り方や描き方、登場人物の心理の動きの描写などが、とにかくもう繊細なんです。その絶妙な文章をぜひご堪能ください。

金子光晴『老薔薇園』
「日本語の醍醐味」というシリーズを思いついたきっかけが金子光晴の散文作品でした。大昔の話ですが、「こんな密度の濃い、言葉自体の力を感じさせてくれる小説ばかりを集めたアンソロジーがあれば楽しいな」と思ってずっと温めていました。そういった意味では、念願の一冊です。

小林美代子『蝕まれた虹』
「むごたらしいほど美しい小説」と中上健次が絶讃した「髪の花」、遺作となった表題作など8篇を収録しました。中上の「十九歳の地図」が“怒り”の文学なら、こちらは“祈り”の文学。ぜひ併せて読んでほしい。

尾崎士郎『没落時代』
尾崎士郎といえば「人生劇場」のイメージが強いですが、それだけではもったいない。大逆事件をモデルに教誨師の視点から描いた「蜜柑の皮」は名作中の名作、安吾的なファルスを思わせる「鳴沢先生」のラストも抜群にイカシテます。その他にも、広く読まれてほしい作品が目白押しです。

高岡重蔵『高岡重蔵 活版習作集』
本書、実は品切中なんですが、社内に書店さんから返ってきたのが1冊だけあったので改装して持ってきました。重蔵さんの作品の凄さは、ページを開けば一目でわかると思います。なぜ「習作」なのかは本書の前口上で。

藤枝静男『田紳有楽』
奇作「田紳有楽」をより深く楽しんでもらおうと、コース料理を意識して編んだ作品集です。メインである表題作を中心に、前菜から食後のデザート&コーヒーまで、じっくり味わってお読みください。

石川桂郎『剃刀日記』
桂郎の作品数篇が収められたアンソロジーちくま文庫)を読んだとき、まるで剃刀で削ぎ落としたかのような精緻な文章にぶっ飛び、他の作品も読もうとネット検索して古書価の高さにぶっ飛び、翌日国会図書館に走りました。「花輪」のラストの美しさは鳥肌ものです。誰か映像化しませんか?

坂口安吾『アンゴウ』
詩情あふれる初期の作品を中心に、これまであまり単行本に収録されてこなかった埋もれた名作を集めました。壮絶な恋愛小説「花火」や安吾流ファルスの到達点ともいえる「保久呂天皇」など、特にお薦めです。「堕落論」もいいですが、やっぱ安吾は小説が面白い!

ジャスティン・ハウズ『ジョンストンのロンドン地下鉄書体』
ロンドン地下鉄書体Johnston Sansは、あの二階建バスでも使われている、ロンドンの景観を象徴するような書体です。それを80年代にリデザインしたのが日本人の河野英一さんだったなんて、ちょっとビックリですよね。ちなみに河野さんは高岡重蔵さんのお弟子さんです。

高岡重蔵『欧文活字(新装版)』
1948年に書かれた欧文活字書体の解説書に、付録として美しい活版作品等を付しました。新装版の後書きを読むと、戦時下で英語を学べなかった重蔵さんが、いかにして世界レベルの欧文組版を身につけていったのかがわかります。「フォントのふしぎ」の小林章さん曰く、「すごい話聴いちゃった、そんな満足感が得られます。何回読んでもそう」。


 続いて上田お薦め本。

港千尋『文字の母たち』(インスクリプト
金属活字の写真集です。活字とは、要は一個につき一文字だけのハンコみたいなものです。ほんの少し前まで、こんな活字を一文字ずつ何万個も並べて本は印刷されていました。大変な労力です。今でもたまに、詩集などでそんな本を見かけます。

小泉弘『装丁山昧』山と渓谷社
本と同じくらい山を愛する「紙のアルピニスト」、装丁家の小泉弘さんが、これまで装丁してきた「山の本」をまとめたものです。装丁はもちろん、それらの本について語られた文章がまたいいんです。たんに外周を飾るのではなく、内容を深く理解した上で本を装おうとしている小泉さんの態度に、心が揺さぶられます。

小谷充『市川崑タイポグラフィ:「犬神家の一族」の明朝体研究』(水曜社)
映画監督・市川崑タイポグラフィについて、「古畑任三郎」や「新世紀エヴァンゲリオン」にも影響を与えたというその極太明朝体やL字型のレイアウトが、どのようにして生まれ発展していったか。物証を積み重ね、推理を実証していく手つきはまるで金田一耕助推理小説を読んでいるようでワクワクします。

小林章『フォントのふしぎ:ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?』(美術出版社)
ルイ・ヴィトンディオールゴディバといったブランドのロゴがなぜ高級感を感じさせるのか。それも特別にデザインされた文字ではなくて、あなたのパソコンにも入ってる市販のフォントで。使い方次第でこんなに変わるの?って、きっとビックリしますよ。

正木香子『文字の食卓』本の雑誌社
まるで食卓に並ぶ料理のように、いろんな書体の見本が並べられ、それらに関するエッセイが綴られています。同じ文言を様々な書体で組んだ普通の書体見本ではなく、実際にその書体が使われた色んな本から選ばれていているので文言はすべてバラバラ。でも、もともとその書体のために書かれた言葉なんじゃないか、というくらいぴったりの文章が選ばれています。著者のセンスに脱帽です。

石川九楊『一日一書』二玄社
この本を読むまでは、「書」は書かれた文字の形を見るものだと思っていました。でも本当は、書かれた文字を通して、それを書いているさなかの筆の動きを感じるものなのだと気づかされました。文字というものを見る目が確実に変わります。

牛腸茂雄牛腸茂雄写真 こども』白水社
いかにも子供らしい無邪気な姿ではなくて、知らないおじさんからレンズを向けられて緊張している、どこか居心地の悪そうな「そのままの子供」が写っています。その少し固い表情が、人間らしくてとてもいいです。

梶山季之せどり男爵数奇譚ちくま文庫
古書ミステリーの傑作です。神保町に通ってる人も通いたいと思ってる人も必読……通ってる人はすでに持ってるか。この作品が好きすぎて、私は4冊(単行本初版、限定版、夏目書房版、ちくま文庫版)持ってます。あと、特装限定版5部というのもあるらしいのですが、まだ見たことがありません。どんな装丁か、いつか見てみたい。

藤枝静男『田紳有楽|空気頭』講談社文芸文庫
著者は自分を「私小説作家」だと言ってますが、たまにとんでもない(SF?)作品を書いてます。烏有書林版『田紳有楽』がコース料理だとすれば、こちらは激辛カレーとトムヤムクンカップリング。ぜひ両書を読み比べてみてください。同じ作品が違った表情を見せてくれます。

山本貴光『文体の科学』(新潮社)
法律の文章ってなんかクセがあってわかりにくいですよね。本書を読めばその理由がわかります。“文体”といっても「作家○○の文体は」みたいな話ではなく、辞書や数式や法律書など、様々なジャンルの文を例に挙げながら、ページレイアウトや文字の配置、書体などが、いかにその内容と密接に関わっているか、必然性があるか、を分析しています。

開高健 『裸の王様・流亡記』(角川文庫)
開高健初期の名作。とくに「流亡記」は、秦の始皇帝による圧政と万里長城建造のための苦役、そして匈奴の脅威に怯える悲惨な民衆を丹念に描いているのですが、それらすべてを吹っ飛ばすラストの開放感、爽快感は何度読んでも新鮮です。

佐藤泰志海炭市叙景小学館文庫)
「海炭市」という架空の土地に暮す普通の人々を描いた連作短編集。なにか大事件が起こるわけでもなく、淡々と日々を暮す人々を淡々と描いただけの静かな作品集なんですが、でもたまに、この静かな風景(小説世界)の中に身を置きたくなって読み返してしまいます。

寺門和夫『『銀河鉄道の夜』フィールド・ノート』青土社
銀河鉄道は宇宙のどこを走っているのか ◎銀河鉄道はなぜ3時に南十字につくのか ◎ブルカニロ博士はどこからきたか ◎天気輪の柱とは何か。帯文にあるこれだけでもう十分でしょう。著者が科学ジャーナリストだけに、推理と検証には説得力があり、良質な本格推理小説を読んでいるような楽しさがあります。

上野瞭『ひげよ、さらば(理論社の大長編シリーズ)』理論社
薬物中毒、友の裏切り、権力者の腐敗、そんな“猫の社会”をリアルに描いた“児童文学”。ウソみたいでしょ? ホントなんです。「人間社会のメタファ」なんて言葉には収まらない、極上の冒険活劇でもあります。名作です。

森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』講談社文庫)
ミステリーではなく、自伝的な小説です。あえてすべては書きませんが、恩師・喜嶋先生の「学問には王道……」の台詞には感動し震えました。師弟を描いた本だと、四方田犬彦『先生とわたし』(新潮文庫)もお勧めです。

中上健次『十九歳の地図』河出文庫
焦燥と怒りに満ちた永遠の青春文学。10代の頃には突き刺さってきた同じ言葉が、いま読むと沁みてくるから不思議です。本作に出てくる「かさぶただらけのマリアさま」は、『蝕まれた虹』の小林美代子がモデルです。

中上健次 『地の果て至上の時』講談社文芸文庫
色んな版で読み返してきた大好きな作品なんですが、この版は読了までに2回挫折しました。版面設計の酷さ(読む気を失せさせる)という意味では出版史に残る1冊だと思います。ここまでして出したかった編集者の気持ちを考えると、逆に感動的です。歴史的な逸品なのでコレクションとしてぜひ。(普通に読みたい場合は別の版をお薦めします。)

坂口安吾堕落論・日本文化私観 他二十二篇』岩波文庫
高校時代、安吾の「日本文化私観」を読まなかったら、編集者になって本を作ってはいなかったでしょう。それまでは漠然と、将来は数学か理科の先生になるんだろうな、なんて思ってたんですが、数年後には安吾で卒論書いてました。

津本陽深重の海集英社文庫
涙でぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなかったら、家で一人で読んでください。商業捕鯨再開を記念して。(本当は宇能鴻一郎『鯨神』も入れたかったんですが、残念ながら品切でした。)

野坂昭如エロ事師たち新潮文庫
男の性(さが)を感じさせてくれる小説。ほとんどの男性は共感するはず。女性は、男がいかに馬鹿な生き物かを知るのに役立つでしょう。 

 以上です。