小林美代子『蝕まれた虹』


蝕まれた虹 ──シリーズ 日本語の醍醐味(6)
小林美代子
「絶望もここでは王冠のように輝いていた。」(「蝕まれた虹」より)
この世のあらゆる不幸を味わい尽くし、精神病院での5年間の闘病生活から放たれた祈りの小説群。自らの狂気を見つめる目は緊迫感に満ち、聖痕のごとく、清らかに輝きつづけている。中上健次が「むごたらしいほど美しい小説」と絶讃した「髪の花」など8篇を収録。
 同人誌仲間だった中上健次勝目梓らと切磋琢磨する日々をおくり、中上初期の傑作「十九歳の地図」に登場する「かさぶただらけのマリア」のモデルとしても知られる異才、小林美代子。
 精神病院の病棟で綴った処女作「幻境」では、自らの狂気を題材に独自の境地をつくりあげ、精神病院内の虐待の実態をえぐった中篇「髪の花」で群像新人文学賞を受賞、そのわずか2年後に自死して果てた。自宅の机の引出に残された遺稿「蝕まれた虹」では、鬼気迫る狂気の日常から不思議な聖性がこぼれ出し、まさにマリアのように、あらゆる不幸を幸福に変えてしまいそうな力がみなぎっている。(→著作権者・著作権承継者について

※七北数人氏を監修者に迎えた「シリーズ 日本語の醍醐味」は、“ハードカバーでゆったり、じっくり味わって読みたい日本文学”をコンセプトに、手に汗握るストーリーではなく、密度の濃い文章、描写力で読ませる作品、言葉自体の力を感じさせる作品を集成してゆきます。
2014年2月25日発行 四六判・上製 312ページ
定価 2,520円(本体 2,400円) ISBN978-4-904596-08-1


【目次】
蝕まれた虹
幻境
灰燼
さんま
女の指
老人と鉛の兵隊
髪の花
芥川龍之介「歯車」における狂気と私の狂気

解説/七北数人


 小林美代子。よっぽどの文学好きでないと知らない作家だと思います。正直、七北氏から名前を聞くまで、私も知りませんでした。
 「髪の花」で群像新人文学賞を受賞し、1971年に単行本デビューはしたものの、小説家として活動したのは実質2年ほど。まさにこれから、というときに自殺してしまいます。
 七北氏は「解説」でこう書いています。

 狂気の人にしか書けない文章というものがこの世に在るものかどうか、私は知らない。
 作品の隅々にキリキリと張りつめた空気があって、今にもどこかが破れそうな不安に満ちている。それが発狂や自死の予感によるものだとしても、その文章の衝迫力は狂気のゆえでは勿論ない。実感の強さが言葉の強さに直結しているのだ。
(中略)この作家は宿命的に「聞く人」なのだ。すべてを身に引き受けてしまう。(中略)自らを傷つけながら人を救おうとする、その人の文章には聖性が宿る。読んでいると、自分の安逸な日々が恥ずかしくなる。文章を書くことを生業とする人ならばなおさら、これを読むべきだと思った。身につまされて、読んだほうがいい。
(中略)没後、同人誌時代の盟友だった中上健次は、小林美代子の自殺に激しく憤り、泣き叫ぶような追悼文を書いた。

 ここで触れられている中上健次の追悼文は、「作家の背後にある「関係」」(『日本読書新聞』1973年9月17日)というエッセイで、『鳥のように獣のように』(講談社文芸文庫)や『中上健次全集 第14巻』(集英社)でも読むことができます。作者の死を悼む、無念さが溢れ出ている感動的な文章です。
 一部引いてみます。

これはむごたらしいほど美しい小説である。しかし、この作品の〈真実〉は、狂気にあるというのでないこともたしかである。狂気をこえた、生きようとする生の姿勢に感動するのだ。いまあらためて、諸文芸誌を読み、「髪の花」を読んで比べてみると、月々出る幾多の小説など五年もたてばばかばかしくなるだろうと感じる。「髪の花」は、小林さんの体が腐乱するようには腐りはしない。

 本書の解説で七北氏は、「われわれ読者も作者の祈りにすっかり染まってしまったのだ」と書いていますが、この解説自体、とくに最後の3行がまた感動的です。
 中上の追悼文にしろ、この解説文にしろ、心を揺さぶられるような名エッセイだと感じましたが、小林美代子の作品にこめられた「祈り」がそうさせているとしか思えませんでした。
 本書『蝕まれた虹』を読んでいただければ、皆さんも、同じように感じるのではないかと思います。


 本書が並ぶお店は、来週あたりから随時烏有書林の本があるお店(リアル&ネット)に反映させていきますので、ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。

本書の書評・紹介記事