吉行淳之介『廃墟の眺め』


廃墟の眺め ──シリーズ 日本語の醍醐味(8)
吉行淳之介
「私たちの行手に、また廃墟が現れてきた。」(「廃墟の眺め」より)
忍び寄る不安。胸にともる灯。世界の底から響く音。驚くほど詩的で繊細、かつ感覚的でなまめかしい吉行淳之介の傑作短篇集。
 安岡章太郎遠藤周作らと共に「第三の新人」と呼ばれ、性文学の旗手でもあった吉行淳之介の作品には、無頼派と近しいニヒリズムがあった。その心象風景は静謐で、廃墟のように寒々としている。敏感すぎる神経が不吉な妄想を招き寄せる。妄想が妄想を生み、しだいに現実を侵食していく。どこかにひと筋の光はないか。魂が叫びをあげる。
 衝撃的な処女作「薔薇販売人」から、人の心の底知れなさと人間関係の怖さをえぐった「人形を焼く」「出口」、優しく切ない「寝台の舟」「香水瓶」、神経がひりひりするような病気小説の数々、全集未収録の生々しい妄想譚「食欲」「梅雨の頃」、戦後の荒廃と重なる心の廃墟を映す「廃墟の眺め」まで、ヴァラエティに富む吉行文学の精粋、全17篇。

※七北数人氏を監修者に迎えた「シリーズ 日本語の醍醐味」は、“ハードカバーでゆったり、じっくり味わって読みたい日本文学”をコンセプトに、手に汗握るストーリーではなく、密度の濃い文章、描写力で読ませる作品、言葉自体の力を感じさせる作品を集成してゆきます。
2018年1月23日発行 四六判・上製 376ページ
定価 2,808円(本体 2,600円) ISBN978-4-904596-10-4


【目次】
薔薇販売人
祭礼の日
治療
夜の病室
重い軀
梅雨の頃
人形を焼く
寝台の舟
鳥獣虫魚
島へ行く
食欲
家屋について
出口
技巧的生活(序章)
錆びた海
香水瓶
廃墟の眺め

解説/七北数人


 吉行淳之介の傑作短篇集です。「第三の新人」だけに、私小説風でさらっと日常の一コマを切り取ったかのような作品も多いのですが、その切り取り方や描き方、登場人物の心理の動きの描写などが、とにかくもう繊細なんです。
 七北氏は「解説」でこう書いています。

 悪党の眼は、分析力を最大限に発揮するための、装置としての眼である。その眼は、人の心の奥底まで深く深く降りていく。その人が抑圧しているものは何か、その人にとって最も大切なものは何か、壊れそうな心からこぼれ出てくるものは何か、正確に探り当てる。(中略)気持ちが濡れて光っているからだろう、文章が粒立っている。そのひと粒ひと粒が「廃墟の眺め」を思わせる。短篇のタイトルにもなったこの言葉が、さまざまな作品から立ち上がってくる。悪党に徹しても、やさしさに傾いても、立ち上がる光景はあまり変わらない。荒涼として暗く、絶望に浸されて、それなのに、なんて懐かしく、切なく、なまめいているのだろう。

 七北氏のいう「悪党の眼、装置としての眼」が、デビュー作の「薔薇販売人」から「廃墟の眺め」まで、徹底されているんですよね。この17作品を通して読むと、それがよくわかります。この感性には、なんというか、中毒性があるんですよね。
 ぜひこの、「人の心の奥底まで深く深く降りていく」眼を、そしてそれを描く繊細な手つきを、堪能していただければと思います。きっと、他の吉行作品も読みたくなりますよ。

 ところで、前回の金子光晴『老薔薇園』を出してから、この新刊の製作費を捻出するのに2年もかかってしまいました。この調子だと次はいつ出せるかわかりませんが、ぼちぼち、地道に頑張っていきたいと思います。『廃墟の眺め』が何かの拍子で売れてくれたら……品切本を増刷して……出したい企画もまだまだあるし……と、妄想だけは広がっていきます。まあ新刊を出す前はいつもこうなんですが。

 本書が並ぶお店は、来週あたりから随時烏有書林の本があるお店(リアル&ネット)に反映させていきますので、ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。