没落時代 ──シリーズ 日本語の醍醐味(5)
尾崎士郎
「滝は没落の象徴である。その没落がいかに荘厳であるかということについて説こう。」(「滝について」より)
ひたひたと迫りくる没落の翳。落魄への共感。坂口安吾がそのみずみずしい「香気と悲しみ」を讃えた知られざる新興芸術派、尾崎士郎の切情あふれる短篇集。 ※雑誌『没落時代』の復刻ではありません。
生家の没落、兄の自殺、宇野千代・梶井基次郎との恋愛事件……。放浪に次ぐ放浪のなかで、尾崎士郎は自分の心のありようを模索する純粋で新しい、しかも狂的で切ない短篇をほそぼそと書きつづけた。「人生劇場」の思わぬ大ヒットのかげで、埋もれてしまった新興芸術派としての資質は、これらの短篇で再発見されることだろう。
終生の友・坂口安吾が「素直で、豊かで、香気と悲しみにみち、年少多感の詩嚢からちよつとこぼれた数滴のすぐれた魂の香りを遺憾なく花さかしめてゐる」と評して自ら編纂した『秋風と母』所収全篇と、おもに戦前の単行本初収録作品を多数収めた全27篇。誰も読んだことのなかった尾崎士郎は、没落に淫し、詩の海を漂っている。※七北数人氏を監修者に迎えた「シリーズ 日本語の醍醐味」は、“ハードカバーでゆったり、じっくり味わって読みたい日本文学”をコンセプトに、手に汗握るストーリーではなく、密度の濃い文章、描写力で読ませる作品、言葉自体の力を感じさせる作品を集成してゆきます。
2013年7月31日発行予定 四六判・上製 328ページ
予価 2,730円(本体 2,600円) ISBN978-4-904596-07-4
【目次】
滝について
獄中より
予は野良犬の如くかの女を盗めり
賭博場へ
影に問う
三等郵便局
秋風と母
山峡小記
河鹿
鶺鴒の巣
秋日抄
鳴沢先生
微妙なる野心
酔抄記
海村十一夜話
秋情抄
蜜柑の皮
落葉と蝋燭
侠客
母
父
春の夕暮
林檎
春風堤
馬込村
「没落時代」
没落主義に関して解説/七北数人
尾崎士郎といえば「人生劇場」のイメージが強いというか、そのイメージが強すぎて、とても損をしているように思います。以前に『秋風と母』を読んだとき、豪放磊落というイメージとは違って、とても繊細な作品が多いことに驚いた記憶があります。
本書の監修者の七北数人氏も、「解説」でこう書いています。
士郎が血気さかんな青年期に創刊した同人誌の誌名が『没落時代』だったのだが、本書に収めた作品群にはこの言葉が実にしっくりと合う。というより、尾崎士郎という作家は終生、この言葉に取り憑かれ、没落する感覚を創作の源泉にしていたようなところがある。
本書冒頭の「滝について」はまさに、没落主義宣言ともいうべき短文で、決意の激しさ、潔さが文章の全部に満ちあふれている。決意が〝詩〟へと昇華された稀有の美文に、思わずためいきが出る。
尾崎士郎といえば「人生劇場」であり、それ以外の作品が読まれる機会さえ失してしまった感がある。(中略)「人生劇場」一作のために、士郎は生前から今日に至るまで、さまざまな誤解と偏見の目で見られ続けてきたように思う。
おそらく今後も、「人生劇場」はさまざまな文庫に入り、読み継がれてゆくでしょう。
でも、それだけではもったいない。「滝について」を始め「賭博場へ」「影に問う」「河鹿」「鶺鴒の巣」「鳴沢先生」「微妙なる野心」等々、広く読まれてほしい作品が目白押しです。大逆事件をモデルに描いた「蜜柑の皮」なんか名作中の名作、「鳴沢先生」のラストもいかしてます。飛車角のモデルとなった人物を描いた「侠客」もいいですよ。
本書が並ぶお店は、随時烏有書林の本があるお店(リアル&ネット)に反映させていきますので、ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。