オーナメント・タイプの本

 昨日、印刷博物館で、来日中(帰国中?)の河野英一さんの蔵書を見る内輪の会があったのですが、嘉瑞工房の高岡昌生さんにお誘いいただき私もご相伴にあずかりました。
 その蔵書とは、英国セント・ブライド・プリンティング・ミュージアム所蔵のオーナメント・タイプ(飾り文字活字)を使って、レタープレス・プリンターであるイアン・モーティマーさんが、アルビオン手引き印刷機で一枚一枚丁寧に活版印刷した『Ornamented Types』という大型本です。


 印刷物はすべてシート状になっており、黒い夫婦箱に収められています。ちなみにオーナメント以外の書体について、河野さんの話では、本文はスコッチ・ローマン、タイトルページ等で使われているサンセリフはカスロン4世による最初期のサンセリフ書体とのこと。セント・ブライド・プリンティング・ミュージアム元館長のジェームズ・モーズリーさんの解説書(こちらは糸かがりの冊子本)もあり、同じく箱入りでセットになっていました。
 残念ながら詳しく説明する知識を私は持ち合わせていないので……写真だけ。
 まずはモーティマーさんの作品から。






 次にモーズリーさんの解説書から。




 やはり一文字一文字が大きくてむちゃくちゃ迫力があります。こんな文字を持っていたら、きっとどこかで使いたくなりますよね。でも私にはまず使いこなせないだろうなあ。それにしても、とてもいい目の保養になりました。

高岡重蔵さん、逝去

 先週金曜日、9月15日に、高岡重蔵さんが亡くなりました。
 これまで烏有ブログに何度も登場していただき、私にとっては本の著者であり恩師でもある人物なので、このブログでもちゃんとお知らせしないと、とは思っていたんですが、何をどう書いていいかわからず、今もわかりません。
 一週間経って、ここでお知らせできるぐらいまでは立ち直りました。
 こんなときに、ずっと品切中の『高岡重蔵 活版習作集』を増刷する資金もないのが情けない。重蔵さん、ごめんなさい。

『ディテール・イン・タイポグラフィ』

 できたてホヤホヤの本を送っていただいたので紹介します。
 『ディテール・イン・タイポグラフィ 読みやすい欧文組版のための基礎知識と考え方』
 ヨースト・ホフリ(著)、麥倉聖子(日本語版監修)、山崎秀貴(翻訳)。
 Book & Design(発行)、現代企画室(発売)。


(記事中の画像はすべて Book & Design さんから提供いただきました)

 本書は、マイクロ・タイポグラフィに特化した欧文組版の解説書です。
 (マイクロ・タイポグラフィについては烏有ブログ2016/5/6や、日本語版監修者である麥倉聖子氏のブログを参照ください)
 書店サイトの紹介文には、

世界的に有名なスイスのブックデザイナー、ヨースト・ホフリ氏が書いたタイポグラフィの入門書『Detail in typography』待望の日本語版が登場!

本書では、読みやすい欧文組版を行うための、文字、行、段落の扱い方を図版をもとに具体的に解説。コンパクトなサイズ、ページ数の本の中に、欧文タイポグラフィに必要な基礎知識が簡潔にまとめられています。
デザイナーはもちろん、組版者、編集者、翻訳者など、欧文を扱うすべての方々にお勧めの一冊です。

とありますが、まさにその通りの内容でした。

 ほんの70ページほどの本なので、本当に大切なことだけが書かれています。それも、一行も読み飛ばせないような密度で。細かい組版ルールの解説というよりも、それらのルールが生まれた大本、欧文組版の根本にある考え方を解説した本です。
 たとえば、「読むという行為」のページ。

 この部分だけを見てもわかるように、本書の特徴は、常に読む人の側に立った視点で書かれていることにあります。
 「読者は文章をどう読んでいるか」から語り起こし、そこから「読みやすさ」を考え、「どう読ませるか、読んでもらうか」につなげていく。見映えのために内容の正確な伝達が阻害されることを戒める記述などもあり、読んでいてとても共感できる部分が多い本でした。


 錯視について触れた部分では、

それらについては眼がだまされているという風にとらえるのはやめて、それが眼にとっての真実なのだと思ってほしい」(p. 18)

とあり、目から鱗がポロリ。
 また、

ただし、カーニングテーブルを信用しすぎるのもよくない。というのも、大文字とそれに続く小文字が詰められすぎているのに出会うことがいまでもあるからだ。これは活版以外の方法で組版が行われるようになった初期、写植時代の負の遺産である。当時、字間を詰められるようになったことがあまりに幸せで、常に詰め気味で組版が行われるようになっていた。実際には、大文字は小文字よりカウンターが広いので、それに応じてある程度のスペースが必要だ」(p. 33)

といった部分も印象に残っています。「写植時代の負の遺産」とか、日本も欧米も同じなんだなあ。


 現在の和文組版のルールには、欧文組版がルーツになっているものがやっぱり多いんだな、と感じた記述もありました。たとえば、引用文などで本文よりも文字サイズや行間を小さくする場合は「挿入箇所のインデントは本文のインデントに合わせる」(p. 51)などです。
 和文組版でも、字下げして文字を小さく組む場合、字下げ幅は本文サイズの整数倍にしますよね。これも欧文組版からの直輸入だったみたいです。


 ちょっと話が逸れますが、欧文組版のルールをそのまま和文組版に取り入れた、ちょっと変わった教科書を思いだしました。
 それはヨゼフ・ナジ著『印刷術教科書』という本で、発行元である帝都育英学院(現サレジオ高専)で1950〜60年代に使われていた教科書なんですが、これが凄いんです。著者のナジ氏はハンガリー出身(モホリ゠ナジの親類という話もあるが未確認)らしいんですが、中身も内容も日本人向けに日本語で書かれている、印刷技術者を目指す学生さん用の教科書です。
 まず、本文の行頭がすべて二字下げ。これだけで冒頭から違和感マックス。で、この本の中にある行頭の字下げの解説部分を見てみると、行長に合わせて全角、全角半、二倍、二倍半……と、半角刻みで字下げ幅を広げていきなさい、みたいなことが書いてある。和文組版の教科書に、です。それに加えて、和文組版ではあまり見かけないイニシャル組みの様々な作例が延々と……。
 この教科書のことは、嘉瑞工房の高岡重蔵さんに教えていただいたんですが、重蔵さん曰く「中味がバタ臭いんだ」。
 最初聞いたときは、「バタくさい教科書」ってどういう意味?と思ったんですが、実際に読んでみて納得しました(新富町にある印刷図書館に実物あり)。欧文組版のルールをそのまま和文に移し替えたような内容で、ここを卒業して日本の印刷会社に就職した学生さんは、さぞや戸惑ったろうな、なんてことを思いながら読んでいました。


 『ディテール・イン・タイポグラフィ』に話を戻します。
 最初に、「一行も読み飛ばせないような密度」と書きましたが、とても大切だと思われる記述、たとえば、

文字が小さくなったことよりも、ゆったりとした行間で読みやすさが向上したことの方が意義が大きい」(p. 56)

といった記述が、本文ではなく図版のキャプションの中でさらりと触れられていたりするので、本当に油断できません。
 これは、同じ行間で文字のサイズを変えたものを比較したさいの解説部分なんですが、文字が大きくて行間が狭い組版よりも、多少文字が小さくても行間が広いものの方が読みやすい、というものです。ふつうなら文字が大きい方が読みやすい気がしますが、実際にはその逆のケースもあるということ。
 このことは和文組版でもいえるような気がします。私の場合は、ユニバーサル・デザインといわれる和文書体に、読みにくさを感じることがたびたびありました(もちろんユニバーサル・デザイン・フォントの全部が全部というわけではないんですが)。
 和文の場合は、仮想ボディが正方形の文字をベタで組んでいくことが多いですよね。ひと文字ひと文字の視認性の向上のためか、字面とフトコロがやけに大きくデザインされた文字の場合、ベタ組のままだと字間が詰まって見えて、逆に読みにくい気がするんです。
 (まあ、老眼などで文字が読みにくくなった人の感覚は、幸いなことに私はまだわからないから、なんともいえないのですが……実際のところどうなんだろう? 字面とフトコロが大きい字って本当に読みやすいのかな?)
 多少文字が小さくても、字間や行間がある程度確保されている方が読みやすいのでは?と以前から思っていたので、和文と欧文の違いはありますが、先のホフリ氏の指摘は、とても納得できるものでした。


 なんか、とりとめはないし話は逸れるしで、ダラダラと長くなってしまいました。とても読みにくいと思います。すみません……。


 最後に、もう二つだけ引きますね。

書体の雰囲気を調べる理論的な実験がタイポグラフィの役に立つことは、現実には滅多にない。組版の仕事を実際に行うときの多様で複雑な要素を無視しているからだ。おまけにそのような実験は、紋切り型のデザインの誘い水となる危険性がある。そうならないよう自分を戒めるのが、創造力のあるタイポグラファなのである(p. 62)

よい組版とは、きちんと考えられたディテールの積み重ねといえるでしょう」(p. 66)

 自戒の念を込めて引用しました。
 本書は、ここにある「組版の仕事を実際に行うときの多様で複雑な要素」や「ディテールの積み重ね」方を、簡潔に、しかも過不足なく解説した好著だと思います。
 和文・欧文にかかわらず、組版に携わる人みんなに読んでもらいたい本です。

高岡重蔵さん96歳!

 今日1月18日は、いつもいつもお世話になっている高岡重蔵さん96歳の誕生日。おめでとうございます!
 新年の挨拶も兼ねてご挨拶に伺い、一時間ほど話をしてお暇したあと、重蔵さんのところから一番近くにある書店さんを覗いてみると、なんと『欧文活字』が面陳に!

 この書店さんは、神楽坂にある「かもめブックス」というお店で、外観はこんな感じです。


 いい雰囲気のブックカフェなので、お近くに行かれたさいはぜひ立ち寄ってみて下さい。

 ちなみに重蔵さんは酉年生まれで年男なんですが、実は私も今年で48歳。重蔵さんのぴったり半分です。重蔵さんが『欧文活字』『高岡重蔵 活版習作集』に収録した作品を作り始めたのが、ちょうど今の私ぐらいの歳なんですよねー。私も頑張っていい仕事をせねば、と思いを新たにした一日でした。

高岡昌生さん発見!

 「欧文活字」でWeb検索してて嘉瑞工房・高岡昌生さんの取材記事を発見しました!
 就職ジャーナルというサイトで、記事は「Vol.197 【前編】高岡昌生」「Vol.198 【後編】高岡昌生」です。
 重蔵さんのもとで修行を始めたころから現在までの話がコンパクトにまとめられています。ぜひご一読を。

 ちなみに烏有書林で出している欧文活字・書体関連本はこちら。
 『欧文活字』
 『高岡重蔵 活版習作集』
 『ジョンストンのロンドン地下鉄書体』

 あと、昌生さんが嘉瑞工房を継いだころの話は、『欧文組版――組版の基礎とマナー』(美術出版社)の「第5章 私とタイポグラフィ」にもっと詳しく載っていますが、ネット書店では軒並み品切みたい。とてもいい本なのにもったいない話です。(うちの『活版習作集』も品切……いつか増刷したいとは思っています……。まだ若干、市中在庫はあるみたいですよー)

「エドワード・ジョンストンとロンドン地下鉄書体」トークイベント

 12月11日、浅草の Book&Design で開かれた「DesignTalks 04 ロンドン地下鉄書体100周年記念 エドワード・ジョンストンとロンドン地下鉄書体」トークイベントに行ってきました。
 ゲストは、武蔵野美術大学教授で『ジョンストンのロンドン地下鉄書体』の訳者でもある後藤吉郎先生と、岐阜大学准教授の山本政幸先生のお二人。

 下の写真に映っているのはジョンストン・サンズの木活字。Y とか、字間を詰められるよう両側が食い込むように凹んでたりします。

 長年ジョンストンの研究をしてこられたお二人だけに、お話が面白いのはもちろんですが、貴重な資料もたくさんお持ちいただき、とても刺激的なひと時を過ごせました。資料の一部はこちら→DesignTalks04でもご覧いただけます。いやあ、目の保養とはまさにこのことですねー。
 個人的に一番興奮したのは、『Imprint』の原本を見られたこと。ジョンストンが表題を書いた1910年代の雑誌なんですが、その本文書体がとてもとても美しかった。この書体は「Imprint MT」という名前で既にデジタルフォント化されていて、『ジョンストンのロンドン地下鉄書体』の欧文と数字部分ではそれを使ったんですが、小文字のディセンダーがちょい短くて、実はあんまり好きなフォントじゃなかったんです。今回まじまじとオリジナルの金属活字書体を見て、やっぱりこっちの方がいいな、と。
 あと余談ですが、ジョンストン・サンズ100年を記念して今年発表された 「Johnston100」フォントを使ったトートバッグが会場で売られていたので買ってきました。

 「New Johnston」と比べるとかなり先祖返りしたように感じます。また、「P22 Johnston Underground」よりもモダンで、「ITC Johnston」よりも力強いような気が(布地にスクリーン印刷されているので、よけいそんな感じがするのかも)。
 「New Johnston」が「Johnston100」に取って代わられていくのは少し寂しい気もしますが、大昔のサインが今も使われつづけているロンドン地下鉄(→訪英日記5)のことだから、「New Johnston」もまだまだ現役でありつづけることでしょう。
 色んな時代の Johnston Sans が同時に見られるのも、それはそれで楽しいですよね!

ジョンストン・サンズ 100年

 ロンドンの地下鉄書体として知られるジョンストン・サンズ(Johnston Sans)が誕生して、ちょうど100年が経ちました。
 エドワード・ジョンストンの手になるこの書体は、烏有書林で出している『ジョンストンのロンドン地下鉄書体』によると、1916年の6月に大文字、7月に小文字( f 以外)のデザインが完成したとのこと。
 ただ、ジョンストンはおっちょこちょいな人だったのか、11月になって小文字の「 f 」がないことがわかり、急いで描き足したのだとか。「引っ越しやなんやかんやで忙しく、f のことをすっかり忘れてた!」みたいな言い訳の手紙が残っているそうです。
 ロンドンでは今年、ジョンストン・サンズ100年を記念したイベントがいろいろ企画されているみたいですし、新書体 Johnston100 の発表も!(ここ→Introducing Johnston100, the language of London | Monotype
 またイギリスに行きたいけど、今年は無理だな〜。