藤枝静男 『田紳有楽』


田紳有楽 ──シリーズ 日本語の醍醐味(3)
藤枝静男
「午後八時、日没とともに床に入る。腹がへったので右脚を切って食い、明日の活力にそなえてストロンチウム90を十錠飲んで平和な眠りにつく。」(「静男巷談」より)
私小説が「私」を超えたとき、なにが姿を現したか。初期の創作説話から「私倍増」小説にいたる、藤枝文学の特異な軌跡を刻印する。
 眼科医のかたわら小説を書きつづけた藤枝静男の軌跡をたどる作品7篇を収録。志賀直哉らの影響を受け自らも「私小説」と呼ぶその作風は、ときに私小説の枠を軽く飛び越える。代表作「田紳有楽」をはさみ、初期の説話風小説「龍の昇天と河童の墜落」、軽妙な随想録「静男巷談」、私小説「壜の中の水」から悟入の境地を思わせる後期作品まで、奇作「田紳有楽」をより深く楽しむための作品をセレクトした。

※七北数人氏を監修者に迎えた「シリーズ 日本語の醍醐味」は、“ハードカバーでゆったり、じっくり味わって読みたい日本文学”をコンセプトに、手に汗握るストーリーではなく、密度の濃い文章、描写力で読ませる作品、言葉自体の力を感じさせる作品を集成してゆきます。
2012年6月中旬発行 四六判・上製 352ページ
定価 2,520円(本体 2,400円) ISBN978-4-904596-04-3


【目次】
龍の昇天と河童の墜落
文平と卓と僕
静男巷談(抄録)
壜の中の水
田紳有楽
みな生きもの みな死にもの
老いたる私小説家の私倍増小説

解説/七北数人


 代表作の「田紳有楽」は講談社文芸文庫で読めますが(「空気頭」とのカップリング。「空気頭」もこれまた凄い作品、必読です!)、それ以外の6作品は新本ではまず読めません。本書は、奇作「田紳有楽」をより深く楽しむためのラインナップになっています。
 七北数人氏の「解説」には、

 思うに、志賀直哉に師事した私小説作家、というレッテルで藤枝は損をしている。戦後、友人の平野謙本多秋五が考えてくれたというペンネームもなんだか地味だ。これも損をしている。本当は摩訶不思議、奇妙奇天烈な作家なのに、世間ではそのあたりがうまく伝わっていない気がするのだ。(中略)
 読み進むうちに、あらゆるものが不気味に思えてくる。不穏な気配。予兆。疑えばみな、そのようなものに見えてくる。「牛のような頭を持った沼の主が、私の心にもうずくまり続けている」という。それが内部の「私」であるならば、牛頭の大鯰の実在を信じさせるような文章を書かねばならない。それこそが「私小説」だと藤枝は考えていたようだ。

とあります。
 たしかに、「田紳有楽」や「空気頭」、「一家団欒」なんかを私小説と呼ぶことには私も躊躇を感じます。
 解説で七北氏が引いている文章は、「みな生きもの みな死にもの」という随筆風の作品なんですが、このころの文章を読むと、藤枝は創作も随筆も区別なく「作品」と呼んでいますね。本書のなかで一番、純然たる「私小説」っぽい「壜の中の水」にしても、どこまで本当のことやら、怪しいかぎりです。
(純然たる私小説といえば、自伝的な作品で『或る年の冬 或る年の夏』は名作だと思うのですが、いま新本では読めないようです。これは残念。復刊求む。→追記、講談社文芸文庫から7月末に復刊されました!)
 それにしても「田紳有楽」、カスミやらサイケンやら登場人物(器物?)のどいつもこいつもがイカモノで、とんでもないホラ話かと思いきや、巻末の著者プロフィールで「ああ、これも“私”小説だったのか」と気づかされるような、なんとも奥深い摩訶不思議な作品です。
 本書は、藤枝作品のなかでも、ちょっと特異な風味の作品を中心に集めてみました。言ってみれば、「田紳有楽」を存分に楽しむためのラインナップです。「田紳有楽」を読んだことがない人はもちろんですが、「田紳有楽」大好きという人にも、ぜひ読んでいただきたい一冊です。『アンゴウ』『剃刀日記』に負けず劣らず、本書も面白いですよ!

 これから全国の書店に新刊案内FAXを送ります。まあほとんど返事はこないのですが、陳列の申し込みをいただけた場合は、随時烏有書林の本があるお店(リアル&ネット)に反映させていきますので、ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。

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